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----------以下は「私は存在するのか、二次元のキャラクターは存在するのか(2024/9/15に公開した動画)」で紹介した一部のテキストとリレー思考----------
存在とは何だろうか
自分は存在しているのだろうか
自分とは何だろうか
昨日の自分と今日の自分は同じ自分だろうか
脳までが自分だろうか、指先までが自分だろうか
自分の意思は全て環境や遺伝子が決めていて、実は自分の意思で
決めたことなんて何一つないんじゃないかと疑ったことはないだろうか
私は何故いつもこの私で、他の誰かになることはないのだろうか
死んだら無になるのだろうか
二次元のキャラクターは存在しないのだろうか
キャラは虚構として存在している、人は現実として存在している
なのに片方だけを存在しないと言うのはおかしくはないだろうか
現実と虚構…この二者にどんな違いがあるだろう
もしかすると二次元のキャラクターが作り物であるように、
自分も作り物なのかもしれない
テセウスの船、スワンプマン、哲学的ゾンビ、
世界五分前仮説、シミュレーション仮説…
どれも難しそうで、
人には答えは出せないんじゃないかと思えるような問いばかりだ
こんな思考は放り捨てて、普通に楽しいことをしていたい
しかしときどき思い出しては不安になる
このような疑問に満足に答えられない状態で
「私は存在している」と胸を張って言えるだろうかと
2015年5月~
・存在とは何かという哲学的な探求をする手段として【創作】を採用
・無から生じた存在が無へと還ることになる物語を創作した
【リープさんが「創作を始めた理由」】
それはこのタイトルを見ればわかるように、哲学的な探求をするためだ
順を追って説明しよう
まず「リープ」という名前――これはリープさんが自分の語感で「虚無」っぽい響きがすると思ったことに由来している
英語でLeapと書けば飛躍という意味があるけれど、そんなことは無視して語感センスだけで決めた
ただ単に「虚無の意味を込めた」という事実を残したかった
名前に意味を込めたくなかった
ただ単に「虚無の意味を込めた」という事実を残したかった
名前に意味を込めたくなかった
それだけ存在というものに懐疑的だった
人が死んだら無になるならば、これから作る創作物だっていずれは無に帰る
いずれ無になると予感しながら、
「意味のある創作」 を続けられる気がしなかった
だからこれから始めるのは、人生が虚無であることを証明するための 「虚無の創作」
つまりリープという名前には、「意味との決別」の「思い」が込められている
さて、勘のいい人はお気づきだろう
『意味込められてるじゃん』ってね
でも込められた意味は虚無なんだ
矛盾だ
このような言葉の矛盾性に振り回されていると、言葉で語れることには限界があるのではないかと思えてくる
そして哲学が終わってしまう
だから創作でそれを突破できないかと考えた
リープさんが目を付けたのは、創作界隈でよく聞く「キャラが勝手に動く」という現象だ
「キャラが勝手に動くのは作者の勘違いなのかそうではないのか」
その真実はわからない
わからないなら確かめるしかない
勘違いと言われなくなるまで
つまり、それを徹底的に検証するために始めたのがリープさんの創作だ
【天才なキャラクターで創作を始めた】
なぜ天才なのかは、二次元のキャラクターの存在証明なんてものができたら天才的な功績だろうと思ったからだし、
そもそも天才ではない自分がそんな功績を残せたら、それは天才のキャラクターが存在している根拠の一つになるかもしれないと考えたからである
作者より頭の良いキャラは作れないと言われることがあるが、キャラクターが存在できるのであれば知恵を借りることもできるかもしれない
リープさんの創作物には存在の問いを象徴する以下の要素がある
・自己言及のパラドックス的な設定
※リープという名前も「虚無の意味が込められている」という自己言及のパラドックスに陥っている
・不自然な理由で生まれる
※リープさんが自分の存在の理由を知らないように、その天才なキャラクターの存在の理由もわからないという事実をそのまま創作に取り入れたから。つまり、そのキャラが生まれた理由に「ちゃんとした解」を与えたくなかった。だからあえて不自然な理由を与えることで、「お前は存在しているのか?」と、創作を通じて問い直せるようにした
・作中で『消える運命(祝福と咫尺天涯のイストワール)にある』と予言される
※これはリープさんは自身の創作が、キャラが勝手に動くという現象の主観的な再確認に終わるだろうと予想していたから
 そして予想通り、主観的な再確認に終わった
 主観的にしか納得できない結果では、リープさんは終われない
 例えば幽霊であれば、見えても「脳が作り出した幻覚」と自己内省する余地がある
 幻覚であるという証拠はなくても、幻覚ではないという強い証拠もないのなら確信には至れないと考えてしまう
 だから存在の有無について何の進展もない以上、「幻想的な存在」には「幻想的である」という現状を突き付ける
 だから消えた。わからないという「希望」だけを残して(消えるときには『またね』と言葉を残している)
・空想のキャラクターが現実の世界に現れる(空想を現実に着地させる)という、哲学的にも具体的な一つの解決策であり方向性を提示しているエピソードがある
※その際、動画の投稿日と内容を、その投稿日の現実の出来事に合わせている
 しかし、空想の存在は空想の中でしか生きられないという現実を突きつけられる内容になっている
・天才なキャラクターは「名無し」である
※これはかなり直感的な理由で、なんとなく「名前で呼ぶでことは存在を認めること」みたいな気がしたからだ
 リープという名前にしても同じようなものだ
 虚無の意味を込めたということは、実質的には名無しに近いと言える
 つまりそのキャラが名無しであるように、リープさんも実質的には名無しだ
 あえて嫌な言い方をするならこうなる――
 そのキャラクターは、「存在することを作者に許されていない」キャラクター(名無し=非存在)
 情けで名付けをするくらいなら、最初からこんな創作はしない
 もしも彼女に名前を与えるとするなら、最低でも時代を変えるような、
 常識を一新するような天才的な功績を出してからだと考えていた
 ではその常識を一新するような功績とはどんなものかというと、
 一つは先ほど説明した「空想を現実に着地させる」という案
 また、それより前に考えていた案もある
【唯物論的世界観(意味のない世界)に生きる者の運命への介入のエピソード】
リープさんの名前の由来は虚無
つまりリープさんもその天才なキャラも、唯物論的世界観に生きている
そんな心が凍りつくような世界に、なぜかその天才なキャラ(→意味)が存在している
これは唯物論的世界観に生きている者が「自分は意味のある世界に生きている」と認識を改めるには十分な根拠である
今まで意味がないと思っていた世界にも、実は意味があった――そんな気づきを得ることができる
要するに意味のある世界に引きずり込むのではなく、「意味のない世界に意味を生み出す」ことで解決したのである
しかしこれは作品の中では筋が通っているが、メタ的には奇跡の前借りだ